うのスタバ連載挿絵3


「ワールドフェスタ限定のコーヒー下さい」
「五百円です。スタンプは?」
「あ、お願いします」
 代金とスタンプカードを受け取り、お釣りと投票券を渡し、スタンプを押してカードを返してからコーヒーを渡す。
 やることが多く、最初はいっぱいいっぱいだったこの作業も、覚えてしまえば次第に流れでできるようになってきた。一人あたりにかける時間が短くなったせいで回転も速くなり、心に余裕もできてきた気がする。
 そうなればなったで、新たな問題も出てきたりするわけだが。
「オーナー、追加は」
「あ、ごめんね、まだ落ちてなくて」
「一度閉めますか?」
「いや、あと数分で一回出せるよ。ただ、五杯分しかできてないから、それ超えそうなら一旦閉めて」
「わかりました」
 提供スピードに抽出スピードが追い付かず、それはそれで客を待たせることになってきたというのがその一つだ。昨日は桂が常に抽出してくれていたから何とか回せていたが、今日はオーナーが店内の注文もフェスタ用のコーヒー抽出も同時にこなさなくてはならず、まさにてんてこ舞いだ。
「すまないねえ、もう少し余裕があると思ったんだけどなあ」
 オーナーが眉を下げるが、それも仕方ない。どうやら誰かがSNSにこの店のことを呟いたらしく、確実に昨日よりも客が増えているのだ。フェスタ用のコーヒーは勿論、店内の客も増えているのだから、販促としては大成功ではあるのだが、ゆったりとした時間も提供したいオーナーとしては歯がゆいところでもあるのだろう。
 ちなみに、オーナーの奥さんが言うところの「イケメン店員」目当てと思われる客も、いることはいた。昨日は相手にする暇もなかったのだが、抽出待ちで手持無沙汰になっている時間を好機と見たのだろう。写真を撮っていいかだの、いつも店にいるかだの、しきりに話しかけてくるのはその手の輩に違いない。
 とはいえ、
「写真はちょっと」
「いつもはこの店の人間じゃないンで」
「店の前、たまると他の店に迷惑だから」
 愛想もなく言い続けていたら、桂が妬くまでもなく、そのうち話しかけられなくなった。未来の得意客を取り逃したかもしれないが……まあ、その程度で来なくなるような客は、どうせリピーターにはならないだろう(こういうことを言っているから、いつも万斉に「もっと商売っ気を持ってもらわないと困るでござるよ」と苦言を呈されてしまうのだが)。



 夕方になると、さすがに人の波も途切れてくる。フェスタは終日続くが、客の足はだんだん食事や酒を提供する店の方へと流れているのだろう。
「少し早いけど、これが全部出たら今日はもう終わりにしようか」
 ポットを持って出てきたオーナーに言われて、俺もやっと息を吐く。何とか無事に、今日も務めを終えることができそうだ。
 立て続けにオーダーが入り、あと一、二杯で最後の抽出分が終わりそうだという時。
「すいません」
 やってきたのは、意外にも、小学校高学年程度かと思われる幼い顔をした少年だった。
「コーヒー、ふたつ」
 まだオレンジジュースの方が似合いそうな顔で、精一杯カッコつけて言ったのだろう。ピンと伸びた背筋から僅かな緊張が伝わってきて、思わず笑みが浮かびそうになる。
 それを何とか押しとどめたのは、少年の背後にもう一人、小さなお客さんの姿があったからだ。一瞬少女のように見えたから、ガールフレンドかとも思ったのだが、よく見ればこっちも少年だ。どういう経緯かは分からないが、イベントの雰囲気に押されて、ちょっと背伸びをしたくなったのかもしれない。
 しかし。ポケットをまさぐってから差し出された小さな手のひらの上の硬貨を見て、さてどうするかなと俺は真顔で考え込んだ。
 百円玉が五枚。つまり、一杯分しかない。
 ここで「足りねェぞ」と言ってやるのは簡単だ。しかし、この少年の精一杯のカッコつけを台無しにするのは気が引けた。というのも、どうやらこの少年、後ろにいる少年にいいところを見せてやろうとしているように見えるのだ。
 心配そうに後ろで見守っている、連れの少年は、どこか雰囲気が桂に似ている。つい手前の少年に肩入れをしたくなってしまうのはそのせいかもしれない。
 さて、この少年たちのメンツを潰さないためにはどうすれば一番いいのか。
 カップを手に考えようとした、その時。
「Sサイズ二杯、だな」
 涼やかな声が、俺の思考を遮った。つられるように顔を上げれば、いつの間にか少年たちの更に後ろに、長い髪を肩に流した中性的な顔の青年が、口元をほんの少し上げて立っている。
スタバ4話挿絵_001
「桂」
「ここのコーヒーは、美味いが結構濃いぞ? 初めてなら少なめにしてもらった方がいいのではないかな」
「そうなんですか?」
 答えたのは、後ろに立っていた方の少年だ。手前に立つ少年の肩を、軽くこづいている。
「ほら、やっぱり苦いって」
「飲めるって。俺、家でも飲んでるし」
「お前のうちのコーヒーは牛乳たっぷりだろう」
「そ、れは、そうだけど……」
 勢いが減った手前の少年を見て、桂はますます口元を綻ばせている。それを見て何となく面白くなく感じてしまうのは……流石に我ながら大人げないか。
 しかし、確かに一杯分のコーヒーを二人で分けるなら、五百円でも構わない。もともとSサイズなどないが、そう言ってやれば少年たちのメンツも潰れずに済むだろう。考えたものだ。
「ミルクも砂糖もあるよな、高杉?」
「あァ」
 エプロンのポケットに手を突っ込むと、俺はポーションタイプのミルクと、スティックシュガーを取り出した。基本的にはブラックで飲んでもらいたいコーヒーなので勧めはしないが、欲しいという客には渡すように言われていたので、いつでも出せるようにはしてあるのだ。
 カップに半分ずつ注いだコーヒーをふたつと、ミルクと砂糖をそれぞれふたつずつ。それを五百円と交換に渡してやると、ようやく手前の少年の顔から緊張の色が取れた。
「あっちで飲もうぜ!」
「うん!」
 仲良く走り去っていく少年たちの背を見送りながら、桂がクスリと笑みを零す。
「あの子、お前に似ていたな」
「……まさか、手前の子じゃねェだろうな?」
「それ以外なかろう? ちょっと生意気そうで、カッコつけで」
「…………そうかィ」
 桂の目に、俺はあんな風に映っているのか。
 思わず拗ねたような口調になる俺に、桂は柔らかく微笑んで見せると
「カッコつけでいいではないか。俺はそんなお前も好きだぞ?」
 こそりと耳元に囁いてくる。
「……往来だから俺が何もできねェと思ってンな?」
「いや? お前は最初のキスから場所など気にしてはくれなかったからな」
「じゃァ、今も気にしなくていいってことか」
「さぁな」
 誘うような言葉と表情にのせられるのは、悪い気分じゃない。
「そうだ、言うのを忘れていた。ただいま、高杉」
「……おかえり、桂」
 静かに彩度を落としていく夕闇の中でなら、この相変わらずくすぐったいやり取りも甘い空気も、隠してもらえるような気がして。
 腕に馴染む細い腰を抱き寄せると、俺は朝に触れて以来の柔らかな唇を、そっと盗んだ。



 こうして。
 イベント二日目はようやく終了したのである。
スタバ4話挿絵_002

《続く》
―――――――――

はい。そういうわけで、3.5話でした。
イベント二日目をまるっと3話にするつもりだったので3.5話としましたが、4話でもよかったかな?

次回4話は、ついにイベント三日目です。
引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。

ところで。
Twitterではご報告していたのですが、実は先週から派遣社員に返り咲きまして。
バスで片道10分だった通勤時間が、一気に電車で片道2時間になりました。
仕事的には今の方が向いてるし楽しいし楽なんですけどね(体力的にも給料的にも)。
あと、スタバさんの取材にもなるかもしれない、なんてw

そんなわけで、毎週金曜日の更新が結構キツキツなんですが、なるべく頑張って続けていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします~!
また遅れたらスイマセン!!(予言)